「社会課題」の見え方がぐるりと変わる。小国士朗さんと考えるPRとクリエイティビティ
近年、企業/ブランドがさまざまな「社会課題」に着目して、その解決に向けて取り組む動きも活発になっています。一方で、社会課題というと、そもそもテーマとして重たいと感じたり、アクションを起こすのに慎重になったりするもの。
そんな社会課題への向き合い方のヒントを、今年3月に書籍『笑える革命 ――笑えない「社会課題」の見え方が、ぐるりと変わるプロジェクト全解説』を出版され、「注文をまちがえる料理店」「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」をはじめ多数のプロジェクトを手がけられた小国士朗さんにお伺いします。
今回は、小国さんとPRX-QのPRプロデューサー・根本陽平が、2人で一緒にした仕事のことも交えながら、PRプランニングにおけるクリエイティビティに迫ります。
「番組を作らないディレクター」誕生の背景
根本:まず最初に、小国さんが手がけてきたプロジェクトをご紹介いただけますか?
小国:僕はNHKのディレクターとして『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』など何百本と番組を作ってきた中で、ずっと拭えない思いがありました。それが「大切なことは届かない。届かないものは存在しない」ということ。今でも、この思いが自分の原動力になっています。
僕は33歳のときに突然、心臓病になり、番組が作れなくなりました。そのタイミングで、電通とNHKで人材の交換留学制度が始まり、声をかけてもらったんです。
そこで、僕は「PR」というものを知り、目からウロコの連続でした。社会といかに仲良くなり握手をするかというPRの本質と、自由な手法に触れることができた電通での経験を経て、テレビ一択だった「届け方」がガラッと変わりました。ここから僕はNHKにいながら「番組を作らないディレクター」と名乗り、いろいろなチャレンジを始めていくこととなりました。
世界150カ国に広まったプロジェクト「注文をまちがえる料理店」
小国:具体的な企画をご紹介します。NHKの人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』が放送10周年を迎えたときに、『プロフェッショナル 私の流儀』アプリを作りました。名前と肩書を入れて自分がキラキラしているシーンを撮り、最後に「流儀」を入力してボタンを押すと、スガシカオさんの曲が流れ、自分が番組の主人公になったような、自分の『プロフェッショナル 仕事の流儀』動画を簡単に作ることができるアプリです。150万ダウンロードを記録し、この年のベストアプリの一つに選ばれました。
2017年にスタートした『NHK1.5チャンネル』は、NHKで放送された番組のエッセンスを1~1分半に編集し直した動画を、FacebookとYouTubeに配信するデジタルサービスです。シェアしやすいことを意識した結果、世界で2億再生されるような動画も生まれました。これらのNHKでの取り組みでは、コンテンツに適した「見せ方」にするだけで、ものすごい勢いで届いていくのだということを学びました。
続いて、「注文をまちがえる料理店」というプロジェクトです。認知症の状態にある方がレストランのホールスタッフを務めるイベント型レストランで、世界150カ国に知れわたるプロジェクトとなりました。
日本はずっと「課題先進国」といわれていますが、NHK在籍時も、ソリューションとなると、たいていが海外に取材に行っていました。それが悔しかったんです。「課題先進国ならば、同時にソリューション先進国であってもおかしくないはずなのに、なぜ海外に探しに行かなきゃいけないんだ」と。
「注文をまちがえる料理店」は、「日本のような世界最先端の少子高齢化国から生まれてきたということが、非常に面白い」と海外のメディアから非常に多くの反響があり、長らく僕の中にあったモヤモヤが少し晴れてきました。
同志はノリでやってくる?「説得しない仲間集め」
小国さんが、さまざまなプロジェクトを手がけるに当たり、大切にしていること、自分の中にある「キーワード」に迫ります。
根本:ここに出していただいた12個のキーワード。これは小国さんと一緒に仕事をする中でよく使われている言葉ばかりですね。まず、「説得しない仲間集め」というのはどういうことでしょうか。
小国:「説得しない仲間集め」は、仲間集めのときに僕が大事にしている流儀です。一番分かりやすいのが「deleteC」という企画です。がんの治療研究の寄付のため、商品のロゴからCancer(がん)の頭文字である「C」の文字を消すというもの。このアイデアに賛同してくれる企業を集める必要がありました。たとえば、サントリーさんに「C.C.レモン」の「C」を消してくださいと言いに行くのですが、僕はこのとき、全然説得しないんです。無理に説得してもいいことはないと思っているからです。
実際、実施に至るまでに100社ほどには断られています。がんの治療研究の寄付は大事なこととは分かっても、大事なブランド名や企業名から「Cを消す」というのには抵抗がある。それを理解しているので、僕は説得することはない。
一生懸命説得して、その熱量に負けてその場では納得したとしても、ふと離れて冷静に理屈で考えたときに、「やっぱり無理じゃないか?」と思うと思うんです。大事なのは、脊髄反射的に「何それ面白い!」と乗っかってくれる人とだけやること。特に、社会にとっていいことをやろうと思ったときには、この“ノリ”がすごく大事だなと思います。僕はそれを“素敵なうっかりさん”と呼んでいます。
SDGsや社会課題に対するときには、理屈で考えたり、意義で考えたりしてしまうことが非常に多い。そうすると、だんだん眉間にしわが寄って、腰が重くなってくる。だけど実は“ノリ”でもいいから「まずやってみる」ことの方が大事。だから、反射的に乗ってきてくれる人だけを巻き込む。それが「説得しない仲間集め」の秘訣です。
「素人状態」が人を動かすアイデアを生む
根本:小国さんは、企画を考え実行するというクリエイティブディレクター的な側面もありつつ、クライアントに直接対峙するプロデューサーもセットでやっているところがあるので、不思議な立ち位置に映ります。その目線で聞いてみたいことをいくつか挙げてみました。
まずは、「コアアイデア、どこから手をつける?」ということです。若手の企画者の中には、施策からアイデアフラッシュする人も多いのですが、小国さんは「問い」や「違和感」から入っていますよね。
小国:僕たちは、クライアントの業態や仕事内容に関して最初は素人ですよね。その状態を大事にしています。たとえば「deleteC」の発端は、ステージ4のがんの状態にあった友人に、「私はがんを治せる病気にしたい。なにかアイデア考えて欲しい」とオーダーされたことでした。がんを治せる病気にするなんて夢みたいな話、そんな簡単には思い付かない。でもそのときに、ある名刺を見せられたんです。
「MD Anderson Cancer Center」というアメリカのがん専門病院の名刺でした。見ると、「Cancer」のところを消すように線が入っていました。それを見た瞬間に「これだ!」と感じ、「deleteC」のコアアイデアとなりました。
先ほどのキーワードの中に「前のめり12度」とありました。僕はがんに関して素人。そんな僕が「何これ!?」と、まさに「前のめり12度」になるようなことの中にヒントがあるのではないかと考えています。
アイデアが滑らない、「現実の中にある理想」のつかみ方
根本:「現実の中にある理想をつかむ」という話もよくされている印象です。現実的で実行可能であることが大事である一方、パーパスやビジョンといった抽象度の高い理想との距離感が難しいと感じます。このような中で小国さんの言う「現実の中にある理想」とはどのようなイメージですか?
小国:理想だけを追いかけると、“滑る”と思っているんです。僕はファクトがないと、うそっぽくて動けないタイプ。きれいな理想だけを語られると「そんなのどこにあるの?」と思ってしまいます。
そんな中で僕が大事にしている“原風景”があります。僕は、大学の卒業論文のテーマが「ベガルタ仙台サポーターの民族誌」だったんです。「サポーターはなぜあんなに熱狂するのか」を解き明かすために、1年半サポーターと一緒に全国で応援し続けました。スタジアムに行くと、老若男女、肩書も立場も関係なく、チームが勝てばハイタッチして抱き合って、負けたらみんなで悔し涙を流す。
まさにダイバーシティ&インクルージョン、共生の場所だと感じました。それが僕にとっての「現実の中にある理想」の風景です。この「現実の中にある理想」がもとで生まれたのが、「Be Supporters!(サポーターになろう!)」というプロジェクトです。サポーターになるのは、高齢者施設に暮らすおじいさんやおばあさん。普段支えられる場面の多い彼らが、サッカーのサポーターになることで「支えられる人から、支える人」にバーンと変わります。
実際、富山などで実施したところ、最高齢98才、延べ1000人のサポーターが生まれ、中には介護度が下がって心身ともに健康になる例もでてきました。いくつになっても、どんな状況になっても、人はワクワクすることができるというのは、大学時代に見たスタジアムの原風景があったからでした。
それ以外にも「deleteC」でいえば、がんの世界はものすごく厳しいけれど、「Cancer」が消された名刺を見て僕、笑っちゃったんですよ。面白いなって。そういう現実の中にある「キラッとした“いいかも”と感じる風景」をつかむことができれば、滑らないと思うんです。
実は「行動→認識→認知」の順が近道?企画の中心には「動詞」がある
根本:小国さんは、「動詞を重視する」とも言っていますよね。
小国:アクションが何よりも大事だと思っています。よくいわれるPRの順番は、まず認知を取り、認識を変え、最後に行動を変えていく。でも僕がやるプロジェクトの場合、潤沢にお金がないことも多いので、最初の認知を取るところでさえ大変です。だからとにかく一番目指したいゴール「行動」を変えることを重視していく。
僕のプロジェクトの多くが動詞を含んでいます。「deleteC」もそう。要は「自分が何をしたらいいか」が示されている。すると、「よく分からないけど面白いからCを消したC.C.レモンを買ってみよう」というアクションから入ることになり、その先にWhyがあるんですね。アクションを起こし、そこで初めてテーマに触れてもらう。そこで認識が変わり、話題になれば認知が取れる。順番が逆なんです。
根本:企画の中心に動詞があるというのは本当に大事ですよね。ハッシュタグとかも含めて動詞の方が実際に行動になるという実感があります。アイデアに対して、「これはいける」と思ったときのチェックポイントも聞きたいです。
小国:一つは「画の解像度」です。deleteCでいうと、ドン・キホーテに「CのないC.C.レモン」が並んでいる画がすぐ浮かびました。ドン・キホーテで商品を買うだけでがん治療研究の応援になる。これが意味するのは、寄付というものが一般の人の生活レベルにまで落ちてくるということ。
単に「がんの治療研究を応援したい」という思いが広がるだけでなく、「寄付」という文化が変わるところまでイメージできたことが大きかったです。日常生活に溶け込んで、赤ちゃんからお年寄りまで参加できる。そういうところまで「社会の接合点」が見いだせると良いなと思います。
仕事の中にも「アソビ」や「余白」を
最後に、クリエイティブを担う人たちへのメッセージをいただきました。
小国:今、日本に一番足りないものは「アソビ」だと思います。みんな真面目過ぎるし、背負い過ぎている。仕事や暮らしの中に、もっと「アソビ」や「余白」が必要です。Googleの「20%ルール」(勤務時間の20%を自分自身のやりたいプロジェクトに費やすルール)に象徴されるように、「アソビ」をどうやってつくっていくかが問われています。自社内でもそうですし、クライアントの中でもそう、社会の中でもそう。どうやって「アソビ」を持つか。
僕の名刺は肩書や会社名を書いていません。余白だらけなんです。自分自身に「アソビ」をつくることで、クライアントにとって、ひいては社会や日本にとっての「アソビ」になったりしたら、もっともっとワクワクする国になるだろうなと思います。
根本:自分にとっての「アソビ」から社会にとっての「アソビ」、日本にとっての「アソビ」へ。小国さんならではの言葉だと思います。ありがとうございました。
小国さんから学んだCSR、CSVの次?CSA(カジュアルソーシャルアクション)!
根本:その問題の当事者以外の人たちも思わず行動してしまうような企画が増えていけば、課題先進国からソリューション先進国に近づくのかもしれません。その際に、重要な視点は「素人の違和感」。小国さんのお話を聞いて、深刻な社会問題をそのまま深刻に捉えすぎるのではなく、素人のときに引っかかる視点を持つことの大事さを知りました。
これはプランナーにとって勇気をもらう視点ではないでしょうか。また小国さんは、CSR、CSVの次は「CSA(カジュアルソーシャルアクション)」というキーワードも出ていました。社会課題の専門家じゃなくても「自分にもできる社会貢献のカタチがあった」というハードルを軽やかに超えていける、そんなプロジェクトを目指していきたいですね。