【カンヌライオンズ2023】元日本代表がPR視点で5事例について解説!
今年7月に開催された、世界最大のクリエイティビティの祭典「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」。
カンヌライオンズで紹介される、鮮やかなアイデアやタブーに切り込むコミュニケーションは、つい「遠い国のこと…」と考えてしまいがちですが、こうした事例の中にも、あらゆるPRパーソンが日常的に生かせる、プランニングのヒントが多くあります。
森光の昨年の解説記事は、こちら。
「CORE IDEA」のフレームで5事例を解説
「CORE IDEA」とは生活者が抱える「イシュー(問題)」を切り口に、アイデアを発想するための8つのフレームです。
例えば、〈企業/ブランドのアクションによって生活者の問題を「可視化」できないか?〉という視点や、〈ある問題について、世の中の人が考えるきっかけを創り出すために、あえて現状と「逆転」させたアプローチができないか?〉という視点など、さまざまな切り口でアイデアを考えるためのフレームです。
今回は、森光がカンヌライオンズの受賞事例の中から特に引き付けられた5事例を、この8つのフレームを使って解説していきます。フレームを使って分解してみることで、「事例の何が良かったのか」「どこがポイントなのか」が分かりやすくなります。
自社データを“可視化”することで、社会課題にアプローチした事例です。
思わぬ形で自社の情報や資産価値が高まるという事例は、少なくありません。しかし、ただ自社の持つ資産を公開すればよいというのではなく、公開するタイミング・内容が自社らしさとどう接着しているのかが重要です。その視点が抜け落ちてしまうと、コミュニケーション内容もどこか散漫なものになってしまい、納得感に欠けてしまいます。
また、“いい事をする”というだけでは、経済的な側面で持続可能な支援にならず、打ち上げ花火的援助で終わってしまう、CSV(社会課題解決と利益獲得を両輪とした共有価値の創造)の考え方と逆行する形となってしまうのです。
今回、Mastercardは、“この人道的危機は、経済的危機であり雇用の危機である”と理解を示しています。「全ての人にとって経済はインクルーシブなものである」と信じているブランドであると自身を表現し、そこになぜカード会社である彼らがこのウクライナ難民問題に取り組むのかということの強い接着点が見えるのです。
結果としてデータを提供したウクライナ難民のみならず、ポーランド社会にとってもウクライナ難民のさまざまな地域への受け入れにより、経済にもたらすプラスの影響があったといいます。また、朝日新聞※1 によると、本施策によりポーランド人の57%、ウクライナ人の80%がプラットフォームとの接触後に、マスターカードのサービスの利用意向を表明しており、企業の社会的価値と経済的価値の双方を向上させています。Mastercardが動いた意義が大いに発揮された素晴らしい施策だと思いました。
従来の方法を全て、もしくは一部だけ“入れ替え”たり、言葉を“組み替え”たりするアプローチである“置換”。
本施策は、PedidosYaの“オーダーした商品の現在地点が分かる”という従来のサービス機能を“優勝カップの現在地点が分かる”という機能に置き換えたものです。
日本でもコロナ禍を経て商品の配達・追跡ができるデリバリーサービス自体は珍しいものではなくなってきています。その中で、その企業特有のストーリーをどう創り出していくか、どうカスタマーと共有し、届けるかを突き詰めることで、競合との差別化を図ることができます。
配達員が自分の元に向かっているリアルタイムの動きをスマホ上でつい見入ってしまった経験がある人もいると思いますが、それが待ちに待った自国の優勝を象徴するトロフィーだったら?その通知を受け取った約600万人ものアルゼンチンの人々は、きっとそのストーリーを通じてそのワクワクを誰かと共有したのではないでしょうか。
PedidosYaが置換したのは機能でしたが、それは彼らが運ぶ価値を“商品”から“エキサイトメント”へと置換することに成功した施策とも言えます。
持続的な成長を実現するために、企業は今、社会課題と向き合い、取り組みを通じて企業価値を創造していくことが必要不可欠です。従って、企業/ブランドが社会課題に対し、意見や態度を表明し、生活者の気持ちに寄り添い、支援や代弁をしていくことは、もはや当たり前になっていると言えるかもしれません。
本施策では、「行きたくても行きづらい、エンターテインメントイベントから遠ざかっている」という人々の“社会課題的困りゴト”を代弁した上で、「席が売れずに困っている」というFun Ticketの“マーケティング的困りゴト”をマッチさせ、“インクルーシブ・エンターテインメント”(誰もが享受できるエンターテインメント)という新たな価値を創造しました。
大多数の人々が大きな声で叫んでいる問題よりも、人数は限られているものの、あまり光の当てられていない声にスポットライトを当て、代弁することは、影響力を持つ企業だからこそ“やる意義“があります。
エンターテインメントイベントに行かなくたって人は生きていけるし、オンラインを通じていくらでも美しい歌声を聴くことはできます。しかし、彼らの抱える“会場に行きづらい”という声は、取るに足りないものでは決してないはずです。そのような声に寄り添い、単なるポーズではない具体的なアクションを取っていくことで、その企業が実現したい世界へ一歩でも近づき、真に人々に必要とされ、“この企業がいい”と思ってもらえるブランディングにつながると考えます。
既存のものを長くしたり短くしたりすることで世間に気付きを与える“拡張”。今回拡張されたのは、一日しかない啓発デーでした。
自社の言いたいことと、世間の関心事がマッチしているかどうかを考えることはPRの基本です。中でも、モーメント(●●の日、●●週間、等)は特に分かりやすい接着点です。メディアにとっても、その関連ニュースを取り上げるタイミングが今であるかどうか、という視点でモーメントは重要になります。
そのメディアをも巻き込み、ジャーナリストやテレビニュースのキャスターにも協力を仰ぎ、「世界乳がんデーは明日に延期されました」と報道が繰り返されることによって、違和感のある状況を作り出しました。そうした特異な状況が生活者の関心を高め、乳がん検診と向き合うきっかけをつくり、この2週間のうちに、国内のマンモグラフィーの受診者は実に、前年の300%となったのです。
また、今回拡張されたのは期間だけではありませんでした。それは発信主体です。今まで複数のNGO団体が個別に自分たちの活動発信に力を割いてきましたが、今回は同志と共創することにより大きなムーブメントを起こすことにつながりました。
社会課題はもはや一社のみで立ち向かい、目立つことのメリットよりも、他者と手を組みさまざまな方面でアプローチし、真に課題を解決していくことのメリットが大きくなってきていることは日本でも同じかと思います。
「“協調”する」「仲間になる」。日本でもソーシャルメディアにおける企業アカウント同士のコミュニケーションがきっかけで、企業間コラボをよく見かけるようになりました。今回の施策では、企業がスポーツの大会と(半ば巻き込む形で)コラボし、大きな熱狂を生み出した、と言ったところでしょうか。
OREO主催のこの施策の記者会見で「2011年、インドはクリケットワールドカップで優勝した。そして、2011年、OREOはインドでローンチした。…つながりましたよね?」と自信満々に発言する様子は、とても滑稽です。自社商品の発売年と、その年にあったイベントを接着させるなんて、少々強引では?と懸念する方もいるかもしれませんが、ターゲットの信じるものに全面的に乗っかり、彼らに有無を言わさぬほどの“協調”を演出することで、その懸念を軽々と飛び越えていった印象があります。
また、ムーブメントを起こす施策の特徴として、自社だけではなくみんなが乗っかりたくなるコアコンテンツを創り出す、ということがあると思います。今回の主役は、“あの2011年”というまさに皆の共有物。OREOだけではなくあらゆる企業や生活者がその座組に乗っかり、一緒になって自社の商品や自分の思い出を投稿し始めるといった、「気付いたら“協調”していた大作戦」なのです。ターゲットのハートをつかむだけでなく、多くの人をお祭りに巻き込み、アクションが国全体にまで広がった事例でした。
「こう思っているのは自分だけ」を「みんなもそうだったのか!」へ。世界を沸かすアイデアは、“誰かの気持ちのすくい上げ”から生まれる
今回は、アイデアの発想法「CORE IDEA」のフレームに当てはめながら、カンヌライオンズ2023の事例を5つ解説しました。
企業に、CSR(企業の社会的責任)から、CSV(社会的価値と経済的価値の両立)としての取り組みが求められるようになった近年、ESGをはじめとした自社の社会課題に対する取り組みについてPRをしようと思っても、「自社らしいESGコミュニケーション」とは何か、考えあぐねてしまうこともあるのではないでしょうか。
そんな時にヒントの一つになるのが、社会課題を鮮やかに解決するアイデアの祭典である「カンヌライオンズ」の事例です。
社会課題は、つかみどころが無く莫大(ばくだい)で、どこか他人事に思えてしまいますが、実際は紛れもない誰かの悩みやモヤモヤ、怒り、願望の集積であり、その誰かは全く知らない人ではなく、身近な人や自分かもしれません。
今回取り上げた事例も、「見えないけどコンサート行きたいな・・・」「乳がん検診面倒くさいな、後回しでいいや」「あの2011年のムードなんか良かったな・・・」といった、誰かに声を大にして伝えるまでもない(伝えられない)けど、実は個々人が内に秘めていた思いから始まっているものばかりです。
ストロック社のストラテジー・ディレクター、Jess Vice氏はカンヌライオンズ公式レポート※2 で「極限をデザインするとき、私たちは、あらゆる状況のあらゆる人々を包含する解決策を見いだす」と表現しています。
全体に向けてではなく、“極限”、つまり、誰か一人(n=1)に起点を置いて、自社にできることは何かを徹底的に考えることで、一人からその周囲、そのまた周囲へと大きなうねりにつながっていきます。
カンヌ公式※1 でも発信されていた「Mine your heritage(遺産を掘り起こせ)」という言葉のように、世界中のさまざま事例に触れ、視点が1ミリでも変わることで、自社らしさや自社の資産を再発見できるかもしれません。
その自社らしさを認識した上で、誰かの声に耳を傾け、持ち場で何ができるかを考えることがビッグアイデアの第一歩になるはずです。
今回は「カンヌライオンズ2023」の事例をPR視点で解説しました。
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