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共通の「夢」を見つけにくい社会で、共有可能な「課題」の発見を

記事のポイント:
・企業や組織には、単に消費者だけではなく、社会全体や幅広いステークホルダー(=他者)が抱える問題/課題を解決する姿勢が求められる。
リスク社会だからこそ、社会から承認や信頼を得るPRの必要性が増している。
・企業や組織は、競争の壁を越えて共有可能な課題を積極的に探し、高度成長期の夢に代わるようなビジョンを提示しなければいけない。

 そもそも「PR」とは何か。その定義は、時代や地域、人によっても異なるものです。今回は、PRプロデューサーの根本陽平と、社会学の視点からPRの歴史や理論を研究し、Qのワークショップ外部アドバイザーでもある河炅珍(ハ・キョンジン)先生が、その歴史をひもときながら「PRとは何か」と「社会にPR がなぜ必要か」について考えました。

社会的承認を得るためには、「ターゲット」発想から「ステークホルダー」発想へ

根本陽平(以下、根本):前編では、企業や組織が、あらゆるステークホルダーである「他者」から承認や信頼を得て、持続的な関係を構築していくことがPRの本質であるというお話しをしました。では、この承認を得るために、企業や組織は具体的に何をしたらいいのでしょうか。

河炅珍先生(以下、河):歴史を振り返れば、PRにたけた組織は他者にとって意味のある問題を可視化するとともに、社会全体で共有し、「解決すべき課題」として定義した上で、他者を応援する姿勢を示してきました。そうすることで、他者の承認を得ようとしたのです。メディアは、組織が他者の問題を一緒に解決すると意思表明する舞台であり、課題が実現したら社会がこうなるというイメージを描く場でもあったのです。
 ここで注意したいのは、単にターゲットや消費者だけの課題を解決するのでは不十分だという点です。確かに、企業は利益を重視せざるを得ない組織ですが、株主や消費者、従業員が「社会」の中に暮らしていることを考えれば、企業が向き合う他者は消費者だけではなく、社会全体、つまり「パブリック」に拡大されます。企業は、究極的には社会の問題に取り組むことで、他者から存在を認められます。PRがうまくいくことで、人々は「こんなに私の問題に興味を持ってくれるあの会社はいいな」と、信頼してくれる。まさに、「パブリック・リレーションズ」が生まれるわけです。

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「リスク社会」に必要な「八方よし」のPR視点

根本:消費者だけではなく社会全体に承認されるための行為というと、昨今注目されるSDGsに各企業が取り組んでいることもPR活動の象徴的な事象の一つですよね。その企業が社会に対してどういう姿勢であるか、ということを生活者はより注目するようになっていると感じます。

河:確かにSDGsもPRがますます必要とされる現状を物語る例ですね。かつては労働争議やボイコットなど、批判が高まったときにだけPRに頼る企業が多かったのですが、これからの時代、その範囲はさらに広がると思います。私たちは、組織や個人が相互に複雑に絡み合った結果、危機が恒常化するリスク社会に生きています。「コンプライアンス」や「ステークホルダー」という言葉の広がりが示すように、組織を巡る問題的状況はますます拡大しています。組織の危機がどこに潜んでいるか分からない中、他者の承認を得るコミュニケーションとして、今後PRはより広範囲にわたって求められることでしょう。

根本:前編で、クライアントの課題と、生活者が抱えている悩みや課題、そして、社会全体の課題、どれか一つだけでは足りなくて「三方良し」のプランニングが求められるという話をしました。しかし、社会が複雑化する今の時代「三方」でも足りなくて、「パブリック」の中に存在する多様なステークホルダーに応える「八方良し」ぐらいの視点が必要なのだと感じました。難しいですがその壁を乗り越えたら、逆に多方との厚い絆が生まれるという醍醐味もあります。

「共通の夢」が見つけにくい時代だからこそ、「共有可能な課題」の発見がカギ

根本:ここまで、他者の問題的状況を解決することがPRにとっては重要だというお話を伺いましたが、そのためにはそもそも何が問題的状況なのかを見つけなければいけませんよね。私たちは、クライアントが解決すべき社会イシューを「コアイシュー」と呼び、それを中心に据えプランニングをしています。このコアイシューがしっかり定まっていればいるほど最終的にPR施策も精度の高いものになっていくので、イシューの洗い出しがとても重要だと認識しています。イシューを洗い出す際に、気を付けるべき点はありますか。

コアイシュー©1

河:PRに取り組む上では、「問い」がとても重要です。企業に限った話ではないですが、そもそも他者は誰なのか、自分たちになぜPRが必要か、などの問いを出発点とすべきです。1950年代は、PRの前提となる問題的状況があらかじめ設定されていました。敗戦からの復興、高度成長と、社会が共通の目標を掲げ、企業と他者の間にコンセンサスがつくられやすい雰囲気があったのです。
 しかし、当時のPRが捉えていた「豊かな社会」の夢は、高度成長を通じて実現され、その後は力を失っています。戦後の黄金時代を支えてきたこの夢に代わるビジョンを、私たちは探さなければなりません。取り組むべき課題が外から与えられることを待っていては遅いのです。社会を注意深く観察することで、他者と共有可能な課題を発見し、積極的に創造していく必要があります。
 消費社会が前面に出ていた時代のPRは、すでにある問題の解決に役立つ手法(テクニック)と思われていました。そして、PRはクライアントの利益だけを重視し、社会には貢献しないという見方も広がりました。しかし、PRの本質は、社会や他者、組織にとって、何が真の問題/課題であるかを明確に提示し、それに取り組む上で欠かせないビジョンを描くことにあります。現場で活躍する実務家のクリエイティブな力もまた、その上で評価されるべきだと思います。

根本:他者が共感するビジョンや課題を設定するというのは、全てのPRの出発地点ですが、だからこそ容易ではありません。「自分たちが解決できる問題ってなんだろう」「他者ってどこにいるんだろう」という企業や自治体の皆さんが抱える疑問を、一緒に見つけていくコミュニケーションの要に我々PRX Studio Qがなれたらと思っています。

河:そうですね、長く続いた消費社会のパラダイムでは、市場は確固たるものと思われ、企業同士がサービスや製品を中心に競争することが当たり前でした。しかし、この「当たり前」な感覚は、今日では確実に切り崩されています。私たちが参考にすべきは、高度成長を通じて広がった消費社会の掟ではなく、むしろ、そのような社会が形づくられる以前、つまり50年代の方かもしれません。戦後日本に初めてPRが導入された時に求められた諸機能をもう一度、再検証する必要があります。
 原点に立ち返って、競争の壁を越えて社会や他者を中心に議論を行い、共有可能な課題を探求する。そうすることで、今まで見えなかったことが見えてきたり、企業それぞれの目標もより明確になるのではないでしょうか。Qと一緒に、このチャレンジへの一歩を踏み出すことができてうれしく思います。

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