見出し画像

日本代表として世界に挑んだPRプランナーの「チャーミングな企画術」【 ヤングカンヌ2022|カンヌライオンズ 】

世界最大の広告・PRクリエイティビティの祭典「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」の、30歳以下を対象とした「ヤングライオンズ・コンペティション(以下、ヤングカンヌ)」。この国内PR部門で2021年秋、PRX Studio Qの佐藤佑紀・森光菜子ペアが最高賞となるGOLDを受賞しました。
日本代表となった2人は、2022年5月に28カ国・56人の代表が集う本選に臨み、海外の若手と戦いました。本記事では、「制限時間24時間」でアイデアを形にする、熱い本選の模様を2人のリアルな声でお届けします。 


合言葉は「PRって最高!」。強みが違う最高&最強のペア

佐藤:こんにちは、PRX Studio QのPRプランナー佐藤佑紀です。ヤングカンヌ国内予選でGOLDを受賞したときのプランニングのプロセスを紹介しました。

コミュニケーション業界における若手の登竜門とされるヤングカンヌのPR部門では、環境問題やジェンダー、移民問題などの社会課題を解決するコミュニケーションアイデアを出していきます。

国内予選では課題発表から1週間という制限時間の中で、アイデアを企画書とプレゼンシートに落とし込みました。これが決勝大会(世界大会)になると、課題発表から資料提出までが24時間となり、より厳しい時間との戦いとなります。

今回は、全てオンライン実施での決勝大会となりました。1カ月ほど前から世界各国の代表と主催者が集まるSlackに招待され、簡単な大会の流れの説明を受けた後、各国代表とのソーシャルネットワーキングの機会が設けられました。課題発表のオリエンテーションもオンラインで、中央ヨーロッパ時間に合わせて日本では夜。そこから企画書提出までの24時間がスタートします。

私たちがどのようにプランニングしていったかを語る前に、私とペアを組んだ森光がどんな関係性で、なぜペアを組んで本大会に挑んだのか、森光から語ってもらいます。

(左)森光 菜子/(右)佐藤 佑紀

森光:こんにちは、佐藤と同じくPRX Studio Qに所属する森光菜子です。佐藤とヤングカンヌに挑むのは今回が2度目で、なんとか国内予選でGOLDを受賞することができました。2回とも、ペアを組もうと誘ったのは私です。理由は2つ。

1つ目は、お互いがPRについて夢や希望を持っていること「PRって最高だよね!」と、よく話したりしていました。ヤングカンヌのコンペは、業務ではありませんがアイデアを戦わせる「真剣勝負の場」だと思っています。日常業務の合間を縫っての挑戦にはそれなりのエネルギーが必要なのは事実です。それでも私たちは、業務を通じて鍛え上げたPR思考を披露する場・試す場としても、このコンペに大きな大きな価値を感じていました。エネルギーが必要だからこそ、同じ熱量を持ちながら、このチャレンジに挑むことができる人と組まないと、本気の力を発揮できないと思ったのが1つ目の理由です。

2つ目は、能力の分担がきちんとできること。佐藤はアイデア出しやロジカルに企画を詰めていくのがうまいです。私は英語やデザインの部分に強みがあると思っています。一緒にアイデアを出し合うところもうまくマッチしていました。

準備はしていたけれど、戸惑いもあったテーマ発表

ヤングカンヌでは毎年、国際的な社会課題がテーマに上がる傾向があるので、私たちは事前に過去のテーマを振り返り、対策を立てました。

過去の受賞作を見て「こういうのいいよね」と日頃から言い合って、お互いの感覚値を擦り合わせていきました。これが本当に重要な過程だったと思います。

その企画の何がいいのかをきちんと言語化して2人の共通認識を持っておくことで、「○○のような感じ」と、言葉でもお互い通じるようになりました。

また、本選は国内予選とは違い24時間しかないので、「この時間までにここまで終わらせよう」とスケジューリングをし、自分たちに合った順番、やり方をあらかじめ組んでおきました

さて、肝心の本選のテーマですが、「ユネスコによる『#IAmAntiracistキャンペーン』を広めるためのPRを考える」というものでした。

■オリエンテーションの内容
「#IAmAntiracistキャンペーン」
▼ターゲット
主に15~25歳の若者
▼キャンペーン内容
「人種差別に対してしていること・考えていること」について「#IAmAntiracist」というハッシュタグをつけて、動画投稿してもらう

過去問研究でいろいろな事例を見てきたのですが、ここまで詳細にキャンペーン内容が決まっているものはあまり見たことがなく、テーマが発表された時の所感は「わーお、どうしようか…」というのが第一印象でした。

ここからは、私たちが当日どのように時間を使っていったかをさらいながら、工夫したポイントや苦労したポイントをお伝えしていこうと思います。

プランニングを振り返る 

オリエンでは、代表に選ばれた28カ国のメンバーがオンライン上で集まり、テーマ発表が行われました。このキャンペーンを主催するユネスコの方も実際にこの場に出席しており、具体的な質疑応答もオープンで行われます。

①やるべきことを決めるため「やらないことを決める」
ブリーフィングの後、すぐにそのひもときを約1時間かけて行いました。渡された資料を読み込んだ上で、気を付けるべきポイントを擦り合わせました。例えば、人種差別をテーマとすると、特定の人種だけをケアするといったことが起こりがちです。ただそれが逆に差別的に映ってしまうリスクもあるため、やめておこうと話しました。

またオリエンの際、テーマについて質問できる時間があったのですが、各国のメンバーが「TikTokを使うのはありか?」「インフルエンサーを活用する予算はあるか」などを聞いていました。こういった「手法」に寄ったアイデアだけの提案では本質的な課題解決ができないという認識の擦り合わせは事前の準備でできていたので、それは避けようということもすぐに決まりました。

アイデアのテイストについても、ターゲットにしっかり届けるために、シリアス過ぎず、チャーミングなものにしたいと考えていました。ただ一方で、よく考えていない印象を感じさせる「軽薄なチャーミングさ」にはならないように気を付けることも擦り合わせました。(ちなみに、私たちのブレストではよく、「いいね!そのアイデアかわいいじゃん!」という会話がなされます)

②目線合わせの「山手線ブレスト」をやる
次のこの時間が私たちの肝でした。ターゲットのあるあるを「山手線ゲーム」風に出していき、使えそうなアイデアのモチーフを出し切ることが目的です。今回は若者がターゲットなので、約1時間ほど「若者あるある」をたくさん出しました。

アイデアをつくるときにターゲットの生活に自然に根付いているものをいじらないと、無理のあるPR施策になってしまいます。これは国内予選で「孤独問題」というテーマに対し、「家具の説明書」を企画したのと同じ発想です。

日本限定といったドメスティックな「あるある」は極力避ける必要があるので、「普遍的なあるある」を意識しました。「人種差別に意見表明する時に一人だと反発が怖い」とか、「一人よりも大勢でいた方が意見表明しやすい」とか、「若者はパーティーしがち」といったあたりです。

また、ターゲットにとって身近なモチーフは振り向いてもらうきっかけになり、それがいつもとは違う、思いもよらない機能を持ったとき、アイデアの力が格段に上がります。「あるある」を出し切った結果、今回は「パーティー」と「ピザ」というモチーフに着地しました。

③セルフブレスト
そして「やらないことを決める」「山手線ブレスト」での議論を頭にいれながら、移動時間を使って、セルフブレストの時間を設けました。各自で頭の整理とアイデアの種を見つけることが狙いです。移動すると頭もリラックスした状態でアイデア発想につながるので、あえて移動時間をここに入れました。

④コアアイデア・大まかな流れ作成
ここからは、アイデアを練り、コアアイデア(こちらは後ほど詳細ご紹介します)まで決めました。就寝前に決めておきたかったので本当によかったです。

⑤睡眠
(予定よりも2時間ほど長く寝ました…笑)

⑥資料作成・英語チェック・デザイン整理
朝から資料作成を進めました。ここで重要だったのは、人種差別問題に認識の相違がないか、こういう言い方で傷つく人がいなそうか、など細かくケアしました。その後、英語チェックも細かく行いました。最後の最後まで、クリエイティブ部分にはこだわってデザインしていきました。

⑦資料仕上げ~提出
いよいよ提出まで大詰め。残り時間の3時間ほどを最終仕上げに割き、ニュアンスや誤字脱字など、細かく確認していきました。(この時間帯が体力的に一番しんどくて、2人とも会議室で「お ``~~~」という唸り声を発しながら頑張っていました笑)

そして事務局に資料を提出。プレゼン自体は翌日だったので、この日は一度家に帰りました。翌朝7時ごろから、英語プレゼンや質疑応答の準備をしたり、モチーフとなるアイテムを実際に作ったりしました。

実際に企画したアイデアとプレゼン内容を公開!

本選のプレゼン時間は1組5分+質疑応答5分の計10分。世界各国28チームが6ブロックに分けられ、審査員も3ブロックに分かれてプレゼン(プレゼンは英語で行います)が進められます。では、企画とプレゼンをどのように行ったのか、おおまかですがお伝えします。

■企画の視点×始点。課題の着眼点が企画の8割を決める。

そもそも「私は人種差別に対してケアをしています」と自発的に発言する人って、そうそういないのではないでしょうか?その理由は、繊細なトピックだけに、反対されたり攻撃されるんじゃないかという懸念があったり。トピックに関してディスカッションする機会が少なかったり、人種差別の問題が自分ゴトになっていないことなどが挙げられます。

このキャンペーンは、「全ての若者に開かれたものである」という部分が重要です。この問題に対して自発的な人だけではなく、消極的な人にもきちんと届け、参加してもらう必要がある、そう考えました。

(実際のプレゼン資料は英語です)

消極的な人たちにとって、「#IAmAntiracist」と発信するのは勇気の要ることです。ましてや自分の顔をさらして動画を投稿することは、かなりハードルが高いものです。では、このハードルを下げるためにはどうすればよいでしょうか?

普段の生活の中で、若者たちが活発に意見を交わしたり、動画をよく撮るシーンに企画を潜り込ませればいいのではないかーーそこで私たちは、若者たちがよく集まる場所をジャックしようと考え、「パーティータイム」に目をつけました。パーティーのお供は、複数人で食べる「ピザ」が定番です。

このパーティーの時間が持つ価値を、【みんなでピザをシェアする時間】から【みんなで人種差別問題について意見をシェアする時間】に転換できないか、と考えました。

(実際のプレゼン資料は英語です)


■チャーミングなアイデア!?「Peace by Piece」の誕生。

私たちのコアアイデアは「Peace by Piece」です。英語の「Piece by Piece」には、「少しずつ、ゆっくり」といった意味があり、これを「平和」を表す「Peace」と、ピザの1ピース/一切れ「piece」をかけたアイデアになっています。

このアイデアには2つのフックがあります。

①一つ目のフック
通常は1ピースごとにカットされているピザが、円グラフのような形で切られていること。この円グラフが示すのは、人種差別問題に関するファクト(事実)ですが、それが何の数字を表しているのかが分かるのが二つ目のフックです。

②二つ目のフック
例えば10分の4の円グラフのように切られたピザを取ると、10分の4にまつわる“ファクト”が箱に書いてあります。今回の例で言うと、「黒人の3人に1人が人種差別、ハラスメントを受けたことがあり、そのうちの“10人に4人”が、それを報告しても何も変わらなかったと言っている」というショッキングな数字です。例示した「10分の4のピザ」だけでなく、各国・地域で問題になっている人種差別にひも付いたバージョンも想定していました。

 
企画の実現性と持続性は?第三者と組むことを想定してみる

これは審査員の方が実際にお話ししていたことですが、ヤングカンヌに出されるアイデアは「机上の空論」にとどまってしまっているものが多いそうです。

課題がグローバル規模の社会問題なので、ついついアイデアの話題性に振り切ってしまうことが多いからだと思います。実際にその企画の実現性を高めるために、私たちは第三者の企業とコラボすることを想定し、その企画の存在意義や持続性があるかを確認しました。このアイデアは、ピザハットとのコラボ企画としました。その理由は次の3点です。

①100カ国以上に店舗を持っていること
ピザハットは100カ国以上に店舗を持っています。このアイデアは全世界に届けることが必要なので、グローバルスケールを補完できます。言い換えれば、幅広くそれぞれの国特有の人種差別の問題にアプローチが可能ということです。

②ピザハットの理念と重なっていること
ピザハットが掲げている経営理念「私たちは“ピザのチカラ”を通じて、人々に笑顔と感動をお届けし、明るい社会の実現に貢献します」と重なっているので、このコラボレーションは彼らにとってもベネフィットがあると考えました。

③ピザが複数人で食べられるアイテムであること
彼らが提供するピザはおいしく、パーティーでの選択肢の第一候補になり得るモチーフとして適切だということも、大事でした。 


■ 打ち上げ花火にしない。企画は「行動変容」までつながるか

次に、具体的にどのような行動変容を促すのかというところです。ピザを食べるという自然な行動の中に、「このピザはなぜこんな変なカッティングになっているんだ?」と「気付き」を与えます。次に底に書いてある文字に気付き、読み、知り、感じ、人種差別に対する「意見交換」につなげることをイメージしました。

ピザが入っている箱には、ユネスコからのメッセージも書いてあります。キャンペーンを促進せよ、というのがそもそものお題だったので、「『#IAmAntiracist』をつけて感じたことを動画で投稿しよう!」といったように、キャンペーンの告知を行うものです。

動画投稿によりつなげるため、ギミックとして「セルフィーピザボックス」として、ピザボックスにスマホを挿して動画を撮影できるように箱も工夫しました。こういった細かなギミックが読み手の想像力に働きかけたり、「それで本当に投稿するだろうか?」という審査員の疑問に効いてくると思っています。

(実際のプレゼン資料は英語/写真素材使用です)

■ その企画に、広がりはあるか?

また、このキャンペーンが、オンライン(ソーシャルメディアの動画投稿)にとどまるともったいないと感じ、オフラインの場にも広めていこうと考えました。例えば、教育分野での活用です。世界中の多くの学校で給食のような時間があります。アメリカではピザがランチメニューとして愛されているので、ランチタイムの教材として活用することもできます。

大事なことは、ピザの面白さというよりピザを介してディスカッションや気付きを得る場をつくること」。人種差別問題について、一人でも多くの人が声を上げられるように、輪を広げていきます。こんな感じでプレゼンを締めくくりました。 

アイデアから表現クリエイティブ、プレゼンまで、自分たちのPRを信じた

佐藤:プレゼンテーション時間が5分ということもあり、文字の大きさや色など、視覚的な分かりやすさは普段よりも一層気を付けました。また、できるだけシンプルで分かりやすく見せるため、結果として文字量はかなり少なくなりました。

森光:プレゼンのときに気を付けたことは「誰よりもこのアイデアのファンになる」こと。具体的には、「このアイデア、最高でしょ?(ニヤリ)」というテンションで話しました。

日本でのソーシャルキャンペーンは、「皆さん!こんな社会課題おかしくないですか?!声を上げましょう!」というかなり真面目で愚直なトーンが多いのかなと、個人的な肌感があります。一方、グローバルでの過去受賞作を見ると、「あなたがこの課題に対してどう取り組むかを決めるのはあなた次第。ま、私ならこうするけどね(ニヤリ)」というかすかなアイロニーと圧倒的な色気を感じさせられました。なので私も、相手を「うわぁ…ズルい…その企画に乗りたい…!」と思わせるような「ニヤリ感」を、プレゼンのジェスチャーや表情、声のトーンで意識しました。

佐藤:審査員の方の反応は、グループの中では一番良かったのではないかと感じています。これ以上のものをあの時間内で出すことは無理だったと言えるくらい、準備から当日の取り組みには後悔はありません。ただ、もう少しブラッシュアップする時間があったら、クリエイティブにこだわれたのかな…と感じます。

テーマを発表されたとき、お題のキャンペーン内容がかなり決まっていた状態だったので、2人で「どこまでジャンプしたアイデアにする?」という話をしました。自分たちのやりたいようにやって、賞を取れなかったらそれはそれでいい。そう割り切ってトライした結果、本質的なPR(パブリックリレーションズ)になったのではないかなと思います。

「PRの引き出しを全部開け尽くす舞台」に挑んで感じたこと

佐藤:ヤングカンヌは30歳以下という年齢制限があります。今回が私にとってはラストイヤーでした。もっと若手だった頃、ヤングカンヌはたくさんの若手が一斉に応募して競う“甲子園”のような印象を持っていました。こんなに一つの企画にじっくり向き合う機会はあまりないので、実際に何度応募してみてもとにかく「楽しい!」ばかりでしたね。

森光:本当に楽し過ぎますよね。予選も本選も時間がタイト。テーマも社会課題なので普段は目の届かない範囲の問題に向き合うこともあり、自分の価値観を再確認できる機会にもなります。 また、同じ課題に対して他の人が出したアウトプットも見られるのは、ぜいたくです。これは良いアイデアだな〜、というものに出会うとワクワクします。

人それぞれ好きなことがあると思いますが、私の場合たまたまそれがヤングカンヌでした。国内予選でGOLDを取れて、いろいろな人が褒めてくださったのですが、私からしたら好きなアイドルに熱中できるAさんも、一日中ゲームに熱中しちゃうBさんも、同じくらいすごいと思っています。

佐藤:ヤングカンヌのテーマは大きな社会課題なので、自分の持っているPRの引き出しを、過去から現在まで、全て開け尽くす必要があります。これまでの歩みを振り返る、マイルストーン的なイベントとしても機能していて好きですね。自分の足りない部分、得意な部分に正面から向き合う機会なので、若手の皆さんにはぜひエントリーしてほしいなと思います。



6月15日(水)に世界本戦の結果発表がオンラインで行われましたが、受賞とはなりませんでした。この悔しい思いと大好きなPRとともに、これからもチャレンジしていこうと思います!


〔追記〕こちらの記事では、佐藤・森光による「カンヌライオンズ2022」現地レポートをまとめています。あわせてご覧ください。


PRX Studio Q (電通PRコンサルティング)では、企業やブランドのPR戦略立案から企画、実行までをワンストップで対応いたします。PRスキルアップセミナーやアイデア発想ワークショップなども行っています。ご要望に合わせて柔軟に対応いたしますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。